ライナーノーツ - TENSION UP

 アクシデントというものは予期せぬからこそ起こるものだ。

 このライナーノート(と呼んでよい代物であるかどうかは定かではないが)を書くにあたり、その事実を私は痛いほど思い知らされた。その経緯については今ここで触れることはないが、そもそも先ず重要であるのは、現代日本が抱える問題の一つとして「格差社会」なる概念が挙げられる、という点である。格差社会の何たるかについてはあらゆるメディアなどで喧伝されていることもあり、詳細については触れないでおくが、ここで私が主張したいのは、人は誰しもが格差の虜囚たり得るという事実だ。このライナーを読まれている方々の中でも金銭的に格差の上流に位置する者と下流に位置する者とに分けることができると思うが、果たして金銭的上流階級に位置する人々は果たして他の面においても上流に位置していると言えるのだろうか。いわんやこのようなCDをわざわざコミックマーケットなどという場に足を運んでまで入手してしまうその精神性を以ってをや(通販でご購入の方々には申し訳ございません)。あなたがわざわざコミケ日程に足並みをそろえる形で仕事先や部活動の休日を申請したことによって、あなたが気づいていない場所で同僚や仲間たちはきっとあなたの背中を指差しながら嘲笑っているに違いありません。「アイツ、盆は田舎に帰るとか言ってますけど本当はアレ行くんですよ、あのビッグサイトでやるやつ」「ああ、"コ"ミケ(コにアクセント)ね」「電車男電車男」「げらげらげら」といった具合に。まァ自分はごくごくナチュラルに休日を申請したのでコミケ休暇などバレている訳がないのだが…。それはともかく、私が主張しておきたいのはたとえあなたが金銭的に潤っていて格差の上流に位置しているとしても、他の何かしらの面においては必ずと言ってよいほど格差の重圧に押しつぶされている可能性が十二分にあり得るということであります。となると、ここで議論すべきはただ一点に尽きます。いかなる手段によって格差社会が解消されるか? いいえ、そのような議論は決して建設的な結論を生み出しはしません。

 格差社会を、どう生きるか。重要なのはこの一点のみです。

 そこでこのCDなのです。さて、先に触れたアクシデント云々の話になるのですが、実際のところ私は格差社会の歪み、呪いについて呪詛のごとく言葉を並べたライナーを書いていたのですが、それらはPCトラブルによって一瞬にして電子の藻屑と成り果ててしまったわけです。その事実は私に深い絶望と悲しみをもたらしました。一度はライナーノーツの原稿を落とすことさえ覚悟しました。しかし、それは甘えに過ぎません。格差社会を構成するヒエラルキーの重みに押しつぶされて生きる意欲が失われてゆくという見解もまた然りです。それでも私たちは生きていかなければならないのです。そのために何をすべきか。

 テンション上がってきた。

 この一言に尽きます。「テンション上がってきた」。それは魔法の言葉です。この言葉をただひたすら復唱したことにより、私は一度はデータを消失させたライナーを再び書こうという気力を再び湧き上がらせることができたのです。「テンション上がってきた」。たとえあなたが格差の現実に押しつぶされようと、きっとあなたの中に生きるためのエナジーという名の炎を再び灯すことでしょう。「テンション上がってきた」。

 さて本題ですが、そもそも毎回当サークルよりリリースしているCDについて、各コンポーザに対しては特に「こういったテーマで曲を作って欲しい」という依頼はしておりません。基本的に各コンポーザのモチベーションに委ねる形で、その時点その場で表現したいとコンポーザ自身が考えている作品を提供していただいてるわけですね。そのため、完成された曲が集まってくるとやはり必然的に方向性はバラバラにならざるをえないんです。それが今回は不思議なことに、集まった曲をそれぞれ一通り確認した段階で、不思議なことに、何と、それぞれの曲が自ずと最適な順序にソートされ、そこに一つのテーマが浮かび上がってきたではありませんか。しかもそれは、同時に当サークルよりリリースされる(はずの)「デニムちゃんねる5」に通奏低音のごとく流れているテーマ(として編集長が謳っている)、「引退と復活(以下略)」と見事に合致しているのです。これは凄いことではありませんか! 思うがままに作られたはずの曲たちが一つの意識を構成し、そしてこのCDは完成したのです。そう、まるで物語のように――。

1.-Intro-
「予感」をテーマとしたサウンドコラージュ。エフェクト処理されたポエトリーリーディングの内容は、ここから始まる物語を讃える内容とは何ら関係がありません。

2.夜話 - asagohan@tonkatu 
当サークルのCD初登場となるコンポーザによる、朝食(メニューは豚カツ)をフィーチュアリングしたアバンギャルドなトラックでCDは幕を開けます。執拗に繰り返されるゲームキャラクター(「Kanon」の水瀬名雪)のサンプリングボイスがナード的なアプローチを匂わせて引いてしまう向きがあるかもしれませんが、それでこのトラックに対して拒絶反応を示してしまうのは浅はかであると言わざるを得ません。この構成力は感服に値します。

3.dok - Fomalhaut
こちらは常連コンポーザによる常連テーマなポジションに位置する楽曲。この曲を聴きながら、ピアノの和音が歌い上げる旋律と荒涼としたビートが絡み合うことで浮かび上がる情景を思い描いてみるのが正しい聴き方ではないでしょうか。過去のCDをお持ちの方はその差を比較して楽しむのもまた一興かと。

4.FJK-303 - era (sad mix)
新進気鋭のコンポーザが挑んだのは、beatmania IIDXシリーズにおいて一つのマイルストーンのごとくそびえ立つ「era」をトランスミュージックにコンバートしようという大胆な試み。原曲のどのエッセンスが掬い上げられているかという部分に着目してみると、作曲者の思惑(あるいは野心?)が垣間見えるかもしれません。

5.KA-YA - Dank
こちらも常連的ポジションとなるドラムンベースチューンながら、イントロでラフマニノフの作品を引用(本人談)するというアプローチがなされている意欲作。ある種、荘厳な雰囲気さえ漂わせるそのパートから展開されるメインパートは、リフレインされる声ネタと金属音がリスナーの緊張感を煽ります。そして緊張感と共に高みへと誘われる"テンション"…。

6.焼魚 - Kucak
曲全体を司る不穏なシンセパッドと絡み合うテクノビートとの饗宴が、リスナーを音楽体験におけるネクストレベルへと誘う。ブレイクを抜けてから襲い来る唯一無二な音ネタや、ひたすら上昇してゆく展開に乗り遅れるなよ!

7.HANGERスピリッツ - ちょうわるおやじ
知る人の中の一部の知る人によってはもしかすると知っている人がいるかもしれないという特異なポジションのコテハンコンポーザが唐突に本CDでデビュー!一度聞けば耳にこびりつくメロディーラインが印象的なHAPPYチューンですけど、コツコツと音楽製作を行ってきたというその来歴が、曲全体を貫いている堅実な構成を裏打ちしているような気がします。

8.けそ - バナナを食ったらうまかった
アダルティなイントロがげっぷの音ネタを機に一気にハイスピードコアに変貌する問題作。並のセンスでは絶対に作り出すことができない音楽であることだけは確実ですね。

9.RESP - ルックス (日本橋 mix)
可愛らしいピコピコ音によって、原曲が持つ愛らしさをまた異なった形で表現することに成功しています。関西の日本橋ではなく関東の日本橋に思いを馳せてしまうのは誤りです。

10.けそ - きこりと聖書
きこりは木を切ることが仕事ですが、聖書は救いを齎します。曲の最後まで延々と反復されているイントロのメロディが次第に掻き乱されてゆく展開を楽しむべき。

11.けそ - 栄光
Glory。

12.satsh - Genuine
トランスの製作を得意とするコンポーザが挑んだのはアンビエント/エレクトロニカ/サウンドコラージュを自由に往来する意欲作。時間にして2分にも満たない曲世界ではありますが、その短さを逆手にとってひたすら曲に没頭すれば、コンポーザの豊かなセンスを感じ取ることができるはず!

13.夜話 - midnight garter stockings
「ポップンに『ヒラショー』っていうジャンルの曲が入るとしたら、こんな感じだと思うんだ。」(23歳・男性)

14.dok - Scripted Connection↑↑↓↓←→←→BA
「Scripted Connection⇒」のリミックスは、当サークルよりリリースされた前作CD「polychrome」にも収録されていましたが、こちらは更にアグレッシヴな方向に押し進めたアレンジが見事。タイトルのコナミコマンドとは裏腹に、他の要素には目もくれずひたすら「カッコ良さ」を追求しようとしたコンポーザの貪欲な姿勢が見事に結実しています。

15.uniQ - Dope Conductor
徹頭徹尾ハイテンションなダーク系ドラムンベースチューン。アーメンブレイクと思しきネタをイントロで使ってくる豪快さもさることながら、競り合うギターサウンドとスクラッチ音もまた曲の(ひいてはリスナーの)テンションを上げることに一役買っています。

16. Froze - extended.dce
こちらは「Deep Clear Eyes」のトランスミックス、とは言え原曲の面影はさほど残っておらず、トランス特有の高揚するドラマティックな展開が作品の根底にあり、またそれが原曲を大きく覆して異なる魅力を浮き彫りにしています。壮大なクライマックスがまさにCDのラストを飾るに相応しいのではないかと。

 一通り振り返ってみると、どこが物語的なのか分からずじまいではありますが、聞いたあなたのテンションがあがったのであれば送り出した我々としてはこの上ない僥倖です。